ほんの趣味で作るんだ

オリジナルの小説をブログで書いていきます。BL、ファンタジー、同性愛。そんな感じ。全てフィクションですので実在のものは何にも出てきませんよー。

恋だけでは済まない(1)




ついつい意識が向く。無意識に、だけど感情はちゃんとある。むしろ感情だけってくらいに。

目が勝手にそちらを見る。探す。

俺の目は俺のもんなはずなのに、勝手だな。

勝手だよ、ほんとにさ。










「はよ。」

「うぃっス。」

いつも通りの何の変哲もない挨拶。特に示し合わせたわけでも約束したわけでもないが隣り合って席につく。まぁ、同じ講義を取っている見知った顔があればそれは自然なことだ。

大学に入学したばかり。人間関係は限りなくリセットされたに近く、お互いに友人が必要だった。

高沢樹(たかさわいつき)と土岐亮平(ときりょうへい)の場合、もう少し事情は違うのだけれど。

「土岐ってサークルどっか入った?」

「いんやー、まだ…ってか先にバイト決めてーなって。」

「あ、俺もそうすっかなぁ…」

2人の最初の出会いは小学生。実に単純だった。高沢と土岐で席が前後。そして雨が降っただけでも外で遊ぶに足るほど活発な少年たちは直ぐに打ち解けた。

元々のノリも合った。

笑いどころがピタリ一致した。喧嘩もしたが仲直りもした。お互いの家に行って親の顔も知っている。

中学も一緒だった。1年時は離れたが2年3年は同じクラス。ただ、2人の間にツチヤという苗字が入ってきたのだが。


ツチヤのせいで席離れちったんだよなぁ。


針の先ほどではあるが、いまだに恨みがましい気持ちが残っていることを自覚して口元が歪む。自分で自分に失笑だ。

ツチヤに何ら罪はない。問題があるとするならばそれは樹の方にある。いや、樹本人にしてみたら問題などではない。

好きなのだ。

隣で鼻を膨らませて何ら隠すことなくあくびをしている同い年の男が。改めて見ても平たい胸だし固そうな肩だし低い声だしデカい手だし、ズバ抜けてイケメンというわけでもないしまして女顔ですらないし中性的とは?というくらいに男である。特徴といえば唇が少し厚いのと奥二重で垂れ目なところ。

好きでどうしようもない。

土岐亮平という人が。


会議室のような平面の狭い教室は学生でいっぱいで、比較的空席は少なかった。朝一の授業は英語。

他に中国語、ドイツ語、と選べたが結局英語にした。新たな外国語をABCからまた覚えなおすなんて情熱はない。

「樹ぃ、次なに?授業。」

「んー、なんだっけ…?地域社会学だかなんだか。どうかした?」

「なんも。やっぱ1年は一般だからほぼ一緒なんだな。」

「あーね、講義ってノルマみてぇなのな。そんなん思うの俺だけ?」

「ミー、トゥ。」

大した語学知識がなくても返せる単語に樹は笑って、なにか返そうと口を開いた瞬間、講師が入ってきた。

恋だけでは済まない(2)




「はい、それではね。えー皆さん入学されてからね、えー。そろそろ1週間?経ったのかな、えー。じゃあ教科書12ページね。開いてね、えー…」

この講師はそろそろあだ名がつきそうだ。樹は思った。こういうことにかけてのみ絶妙な才能を発揮する奴が必ずいる。

そしてそういう奴が結構好きだったりする。楽しみだ。


大学というところはなんともドライだった。少なくとも樹はそう感じる。小中高は、さぁこれをしなさい。と与えられたものをひたすらこなすことを求められる。でも今は。

自分が何をしたいか、するかを決めて実行。授業に出る出ないも自分意思。サボったところで怒られることはない。ただ出席単位が1減るだけ。出席単位が足りないと試験が受けられない。単位がもらえない。それらは全て自己責任。

急激に大人扱いのほんの初手を仕掛けられる。今年の誕生日でようやく19才の樹には、それすらわからないのだけれど。

「はい、えー…この動詞にかかって、ね。えー、くるのが。この、えー…」

大学で土岐に再会した時は驚いた。本当に声が出なくて動くことも出来なかった。


「……おーい、て。樹?なぁ覚えてねーの?小中一緒だったじゃん。土岐くんだよ。」

「………覚えてる。…てか、え、えっ?なんでいんの?なんで?つか、…あんま変わってねぇな。」

「うっせー、変わってねーんだったら早く見つけてよ。寂しいじゃん。」

そう言って笑う土岐の顔。眼尻の笑いジワが昔よりも深くなっていた。自分たちは確実に年を取ったんだと思った。

最初は純粋に嬉しかった。また会えたことに。昔と変わらず樹と下の名前で呼んでくれることに。土岐が土岐のままでい続けてくれたことに。

次に覆ってきた感情は恐れだった。

胸が高鳴る。心臓の音が自覚できるくらい大きいことに気づく。彼に聞こえていないだろうか?恐い。知られたくない。

土岐を男として見ていることに気付いたのは中学…何年生だったろう。覚えていないが、もう好きだった。彼女ができたと知らされて味わったことがない衝撃を受けた。

泣いた。

あんなに泣いたのは初めてだった。土岐に彼女ができた。土岐が好きなのは自分ではない。自分は土岐が好き。何故。

何故自分は男が好きなのか。

結局どれに対して泣いたのだろう。

次の日には土岐に彼女ができたことよりも、自分がゲイとかいうやつだってことに打ちのめされた。

恐かった。

土岐を好きなことが。


トン、とペンを持つ樹の手の甲に感触があった。左利きの樹と右利きの土岐。隣の席だと彼らの手は近い。土岐はそれをさらに縮めて樹のノートまで進入してきた。もう2人の手は触れている。

『ひるめしは、がくしょく?』

もう昼の話か、樹はチラリ時計を見た。ようやく9時半になろうとしていた。

土岐は時々こうして樹のノートの端に雑談を書く。はっきり言って字はヘタクソだ。漢字で書かれると読めないから平仮名にしろと苦情を申し立てたら、その通りにしてくれた。

『がくしょくだよ』

『おれ かねない』

『たかるな』

『ひとりぐらしだもん おまえじっか』

『ちかごろ かたみがせまいの』

『なにそれ くわしく』

『いもうと ししゅんき』

2人ともペンがよく走る。

土岐は難しい顔を作りながら前を見つつ器用に書きつづる。樹も緩みそうになる表情をどうにか鎮め、平仮名に付き合う。

『ねー おねがーい』

『らーめんでいい?』

『やったー(ᵔᴥᵔ)』

『おいおい かわいっ』

『(๑˃̵ᴗ˂̵)』

『そんかわり コンビニでてきとーにおにぎりかってきて めしがたりねぇ』

『おけー』

甘えられると弱い。男女も年齢も時代も関係ない。惚れたら負け。けれど、それはひどく心地よい。

『いつき すき』

土岐にとってそんな走り書きに意味は無いのだろう。おれも、と書いて冗談にしてしまえばいい。でも書けなかった。言葉にする勇気が無いならせめて書きたいのに。

相変わらず恐い。

土岐が好きだ。

恋だけでは済まない(3)



「ただいまー。」

誰かいてもいなくてもなんとなく言ってしまう。大学まで片道たっぷり1時間はかかる距離に早くもうんざりしていた。早く金を貯めて車を買おう。中古で十分だ。どうせ擦るし当てるし。両親は絶対に車を貸してくれない。なんだよ車の1台や2台ケチくさい。ちゃんと免許は取っただろうが。

「あー、腹減った。…今日晩飯なに。」

リュックを背負ったままリビングに直行する。妹の環(たまき)がソファに座っていた。TVはついているだけでBGM代わりだろう、彼女の視線はもっぱら携帯だ。

「……おかえりー…」

一応は言ってもらえたものの質問に対する答えはない。まぁいい、そんなもんだ。

冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して1杯飲む。2杯目をグラスに注いだところで「あたしもちょーだい」ときた。まぁいい、注いでやる。しかしその座り方ときたら。

女兄弟いない男って現実知らねぇんだろな、気の毒に。

樹は心からそう思う。なんとはなしにソファの主と化している環を見下ろす。足は思い切り開き腕も背もたれに広げている。まるでマンガで見るお手本のようなチンピラの座り方。男の自分ですらもうちょっと足を開く角度は控えめだ。

「なに。」

見過ぎていたらしい。見上げてくる顔は幼さの残る妹のままで僅かにホッとする。いつか座り方に見合ったチンピラばりの睨みを利かせてくるのだろうか?いやいやまさか…

「なんも。お前晩飯食ったの?」

「まだ。」

「作る気は?」

「ない。」

「はー、なんか聞いてごめん。」

「いーってことよ。」

こいつはほんとに妹か?女か?

股を確かめてみたら付くもん付いてて実は弟だったというオチでも俺は信じるぞ。とりあえずリュックを置きに自分の部屋へ上がる。

携帯を見るとメッセージがいくつか来ていた。

母親と、土岐から。

母親の方からは仕事が残業になるから夕飯は適当に頼む、何か買って帰るものはあるか?と。まるで旦那のような気遣いだが樹にとってこの程度のやり取りはあり触れたものだった。

土岐からのメッセージはつい数分前。晩飯なに?だった。

「どいつもこいつも、飯飯ってなー…」

俺はお母ちゃんかよ、と突っ込みながらリビングに戻る。キッチンに入って手を洗う前にメッセージを返した。もちろん土岐の方に。

『親子丼。』

玄関の方からただいまーと声がする。父親は帰って来しな真っ直ぐトイレに向かったようだ。冷蔵庫から材料を取り出してまずは味噌汁を作るべく鍋を火にかける。具にする野菜達と玉ねぎを適当に刻んでいく。

「おーい、樹。トイレットペーパー切れそうだったぞ。」

「あーい。」

「今日の夕飯はお前担当か。良かった良かった。」

トイレからリビングに移動してきた父親が顔を覗かせる。息子がキッチンに立つ姿を見ても特に気にする様子はない。むしろ笑顔になると着替えるべくいそいそ引き上げて行く。

高沢家は既にこれが日常風景になりつつあった。

樹は家事が好きなわけではない。ただ苦にならないという程度だ。それでも十分珍しいが。

妹の環が中学に上がってから仕事に本腰を入れ始めた母親はさくさく出世した。そこで直面する問題は高沢家の食生活だ。

昔からあまり上手とは言えない彼女の手料理から解放されるのは満場一致でありがたかった。が、誰がカバーするべきか。しかし上手く出来ているもので父親が実は料理好きだったおかげでことなきを得た。樹の料理の先生は父だった。

「父さんの方が旨いもん作るとなぁ、母さんいじけるんだ。まぁ今となっちゃラッキーぐらいに思ってるだろうな。」

キッチンに並んで作業している時に初めて知る両親の事情を時々教えてくれた。

「樹も気をつけろよ。彼女できたら料理出来ないふりしてあげなさい。」

たった1年くらい前のことが懐かしい。味噌汁の具は残り野菜を適当に刻むとしよう。小松菜、人参、舞茸…

「返信しとこ。」

冷蔵庫をざっと見して母親とのメッセージ画面を開こうとした瞬間に。

『いーなー。俺も食いたい。』

土岐からだった。彼は大学から15分程度の近場にアパートを借りている。ということはとっくに帰宅してなんならリラックスタイムの頃合いだろうか。

『今度な。』

返信する。さて今度こそ母親だ。だが画面を切り替えるより早くメッセージが返って来る。

『いつ?』

お前暇なの?もしかしてまだ飯食ってないとか…金無いとか言ってたような。

『晩飯まだなん?』

『食ったよ。』

『じゃあよくね?』

『よくない』

もはや電話で話すテンポだ。そして微妙にダダを捏ねられている気がする。気のせいだろうか。自分の希望的観測?こんなのはしてはいけない期待を抱いてしまう。

「……やば。」

胸が。動悸が大きくなってきた。たかがメッセージのやり取りだけなのに。土岐本人が側にいるわけじゃないのに。

シンクに両手をついて、樹は長く息を吐いた。落ち着こう。この程度のことで。それこそ中学生かと笑えてくる。そうだ、母親に返信するんだった。買い物担当は彼女にしてもらわねばさすがにキツい。

『トイレットペーパー。あと野菜と肉類適当に買ってきて。』

それからは調理に集中した。余計なことを考えてしまう。年齢のわりに少々落ち着きすぎているきらいはあるが、樹も若く健康な男子だ。人並みに恋愛をしたい。ゲイという性癖のおかげでその機会は多くの人より恵まれていない。

だからこそなのか。その欲は近頃よりいっそう強まる一方だった。

通知音が軽やかに鳴る。

『来週うち来てよー。』

決まりっという文字を掲げた可愛らしいキャラクターが画面上で踊っている。どうやら土岐にとってもはや決定した予定らしい。

鶏と玉葱を煮た出汁の味見をする。少し甘めの味付け。土岐はこの味付けを気に入ってくれるだろうか?そんなことを考えてしまう。まるで…

「………あ、米炊いてない。」

呟いた瞬間に玄関から本日3人目のただいまーが聞こえてきた。ガサガサドタドタ一気に騒がしくなる。

「樹、いつきーっ。ありがとね。はい!食料。焼きそば麺安かったからついでに買ってきたし。それとー…アイスとかー。」

作業台代わりのテーブルに次々と購入品を並べていく母親は、息子が床にへたり込んでいることになかなか気付かない。

「やー、最近豚肉高いからケチって合挽き肉買っちゃった……え?あんた何してんの?うずくまっちゃって。どっか悪いの?」

「いや……米炊くの忘れて。」

「なにそんなことー?レンチンご飯でいいわよ。あんたクソ真面目ねーっ。誰に似たんだか。」

「うっさい。」

「あら?ちょっと顔赤くない?ほんとにどっか悪いんじゃない?大丈夫?大学入って調子乗ってんじゃないのー?」

怒涛の勢いで捲し立てられて口を閉じるしかない。喋りたいだけ喋って満足した母親は帰ってきた勢いのまま寝室へ突入していった。

のろのろ立ち上がりリビングを見るといつの間にか環の姿はなく、代わりに父親が座っていた。開いた足の角度はせいぜい肩幅くらいか。

土岐にはOKと短く返信しておいた。